文章には品格が出る?SNSの弊害を体験しました

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すでにInstagram、Twitter、Facebookはわたしたちの生活の一部です。

楽しいことや便利なことも多い反面、今日はネットやSNSの弊害ということについて書いていきたいと思います。

わたしの店は、店頭だけでなく通販でも販売しています。

食べ物は、工業製品以上に好き嫌いが分かれるものです。

当然、リピートしてくれるお客さまもいればリピートには至らないお客さまもいます。

好き嫌いあって当然。

おいしいと感じられなかったものに対してわざわざコメントしないというのが大方の人ではないでしょうか。

わたしの店にも月に何度も足を運んでくれたり、毎月のように通販で注文してくださるお客さまもいれば、

一度きりのお客さまもいます。それはどんな商品でもあることでしょう。

ところが、中には自分に合わなかったものをあたかも「一般的」な事項のようにSNSで発信する人もいるんですね。

通販や実店舗含めて、特定の食品をひたすら食べているような人。

パンとかお菓子などのジャンルにはそういう人が多いでしょうか。

おそらく、自分は他の人よりも「知っている」という意識がそうした行動につながるのだと思いますが、

そういう人の投稿はたいていが上から目線です。

うちの商品もとある人に購入されましたが、どうやら口に合わなかったようです。

それはそれで改善の余地があるということで問題ないのですが、

見た人がどんな気分になるのか、たとえばフォロワーの多い人の場合その行動によってどんな影響を与えるのか

考えていなさそうな投稿はなんだかなーと思いました。しかもご丁寧にハッシュタグまでつけて。

そうしたアカウントは一時はフォローしたとしても見ているうちに気分が悪くなるので

たとえ自分の商品ではなくても、フォローをはずしています。

そこでハタと、これまでの自分自身の投稿はどうたったのかと思いを巡らせました。

ネガティブな気持ちになっているときは、投稿もネガティブなものになりがちです。

感情に任せて変なことを書いてしまっていたかもしれません。

SNSなどのネット上の投稿はどこで誰が見ているか分かりません。

尖った内容の場合は好き嫌いが分かれるところだと思います。

それでも表現はできるだけ見た人が不快にならないようにしたいものです。

自分があまり好きではないものでも、他の人は大好きな場合もあります。

そういうときでも断定的な口調で言うのではなく、あくまで自分には合わなかったという表現をしたいですね。

文章はその人の品性が出ると言われています。隠しても隠せるものではない、とも。

そしてもう一つ。心穏やかにいたいならエゴサーチはしてはいけません。

人のフリ見て我が身を直せ、ということわざがぴったりの事例でした。

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