KYだっていいじゃない!空気を読むより大切なことはアルチザンが教えてくれる

Pocket

第二次世界大戦中に活躍した戦闘機で最も有名なのは、「零戦」でしょう。

零戦を設計した三菱の堀越二郎は、小説やアニメ化された『風立ちぬ』(堀辰雄)の影響で知っている人も多いと思います。実は、零戦よりもアメリカ軍を怖がらせた戦闘機があったのです。その名は「疾風(はやて)」。

疾風は戦争末期、質の悪い日本のガソリンを搭載しているにもかかわらず、数々の米軍機を撃ち落とした機体です。しかも、パイロットの安全をよく考えられて作られている。もしも日本に資源が豊富にあり、エンジンとプロペラがアメリカと同程度だったら戦局は変わっていたかもしれない、そうアメリカ人に思わせた機体だそうです。にもかかわらず、私たち日本人の中ではよほどの人でない限りこの機体を知っている人はいないでしょう。

『銀翼のアルチザン』(長島芳明/角川書店)の主人公は、この疾風を設計した中島飛行機の飛行機技師長・小山悌です。中島飛行機は、現在のSUBARUの前身。第一次大戦後まもなく「次の戦争は空が主役になる」と考えた中島知久平が設立しました。入社した当初は飛行機に興味がなかった小山ですが、中島の壮大な語り口とフランス人技師に影響を受け、自身の飛行機哲学を確立していったのです。小山悌の飛行機哲学は、安全な飛行機を創ることでした。

現在、飛行機は最も安全な交通手段の一つとなっています。墜落事故が起きれば相当な犠牲者が出ますが、事故の頻度としては自動車事故の比ではありません。ちょっとした事故が起きるだけでも世間がパニックになっているところを見ると、それだけ航空業界で事故が起きることは珍しいことの裏返しでもあるのでしょう。この本を読むと、現在の航空技術の裏では多くの犠牲が払われたことが分かります。当時は、試験飛行中に戦闘機が墜落したり、空中分解したりしてパイロットの死亡事故が起きるのは日常茶飯事。そのたびに、小山は

俺たちは棺桶を作っているんじゃない。地上の設計屋は絶対に恥ずかしくない飛行機を創らなければならない

という気持ちを新たにしていきます。パイロットが死んでも感傷に浸る暇はなく、次々と新しい戦闘機の試作をしなくてはなりませんでした。

『銀翼のアルチザン』で描かれているのは、職人魂を貫いた一人のエンジニアの物語。アルチザンというのは、芸術的な作品を創るアーティストと対比して批判的に使われることのある言葉だそうです。本書の中で、著者が伝えたいのは職人魂も極めれば芸術的な領域に達するということなのではないかと思います。

現在の飛行機にとって、機体にエンジンが2つあることや、単葉の翼、プロペラなしで推進することはごくごく当たり前のものです。しかし、当時はまだそうした飛行機の形は斬新で、世の中には受け入れられていませんでした。「今の理論には何かが足りない」と考えて考え抜く姿勢には畏敬の念を覚えます。小山の存在があったからこそ、現代の日本の飛行機の基本が作られたといっても過言ではありません。ただ、それ以上に私がすごいと思ったのは中島知久平の先見性です。詳しくは本書に譲りますが、中島ほど洞察力を持った人はいなかったのではないかと感じました。

日本は、今も昔も「空気を読む」ことが求められる国です。空気を読めない人は嫌われます。人間関係の上では、ある程度空気を読むことも必要かもしれません。しかし、主人公の小山や中島のように、何が大切なのか、何を成し遂げる必要があるのか、物事の本質を見極めることはそれ以上に重要なことなのではないでしょうか。

人間は基本的に自分がかわいい生き物です。周囲の反対や世の中の流れに逆らって、信念を貫くことは並大抵のエネルギーではできません。そうした人物が実際に存在した、世間で知られていない人物にスポットライトが当てられたということに「アルチザン」を感じました。

Pocket

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です