農業と戦争は深い関係があった?!テクノロジーがもたらした根底に流れる考え方とは?

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一見なんの関係もなさそうな「農業」と「戦争」。

両者に強い結びつきがあるとしているのが『戦争と農業』(藤原辰史/インターナショナル新書)です。

農業に対しては「エコ」や「ロハス」など、自然と共生する牧歌的なイメージを持っている人も多いことでしょう。

しかし、農業用トラクターの技術は戦車に、化学肥料は火薬の製造技術に転用されたことを知っていますか?反対に、第二次世界大戦で使用された毒ガス兵器は農薬に転用された歴史を持っています。

こうした事例は、戦時に農業技術が軍事転用されただけ、という指摘もあるかもしれませんが、著者は食料確保と政治、政治と戦争はつながっているという見方をしています。戦争には食料や物流を担う兵站が要です。食料の生産を担う農業も重要な役割を持っています。

実際、先の大戦中ヨーロッパでは、食料の供給地である農業地帯を押さえ、都市部を食糧難に陥れる兵糧攻めの戦略が一般的にとられていたといいます。総力戦だった第二次世界大戦では、銃後を支える労働者は都市部に多くいたため、兵糧攻めにするのが効率の良い戦略だったのだそうです。

快適な日常生活とそれを支える技術発展の延長の結果として、農業と戦争のあり方は大きく様変わりました。

工業化や機械化は多くの労働力を不要とし、生産性や効率を向上してきた一方で分業と競争を生み出して来ました。分業にはメリットだけではなくデメリットも存在します。

それは自分の目の届かないことは知らなくていいという考え方につながりやすくなるということです。工業化が分業を生み出し、分業は私たちのモノの考え方も変えました。そして戦争の方法も変えたのです。その典型的な例が無差別攻撃でした。効率的に攻撃できる優秀な武器は、人の命を奪う感覚を持たないまま、人を殺すことができるからです。

著者は大規模化や効率性を重視してきた近代農業の根底には、ある種の「性急さ」が流れていると指摘します。

安さや効率を重視すると、必然的に農業は機械や化学肥料や農薬なしには立ちゆかないものとなるのです。

効率を重視した農業のあり方として、より強く、育てやすい作物を追求するようになった結果、遺伝子組み換え作物も登場しました。こうした状況をふまえると「農業は環境保護の担い手というよりは、環境破壊の担い手である」かもしれません。

 

この本を読んで、わたしは著者の主張には多少の飛躍があると感じました。

農業技術が軍事技術にスピンオンされていることを知ることにはあまり意味はありません。

原爆の技術は戦後、原子力発電にスピンオフされているように、軍用技術が民生利用されている例は数えきれないからです。しかし、現代社会の何事も安く・早く・簡単に済ませようという考え方に一石を投じることには大きな意義があると思います。

安いものは大量生産から作られています。大量生産される食品の背後には、必ず安すぎる賃金や過酷すぎる労働環境で働いている人がいるのです。普段、そうしたことを意識せずに生活できていることを自覚するべきかもしれません。

農業は私たちの生活を支える一次産業です。農業と食、そして私たちの健康は密接につながっています。にもかかわらず都市部の人たちは普段、1個あたり数十円の価格で農産物が買えるのは当たり前だと思っています。もし、兵糧攻めのようなことがあったら私たちの生活はどうなってしまうでしょうか。

食を中心に地域作りをし、教育をするという本書の考え方は一考に値します。

 

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