変化は現状否定から始まる

Pocket

社会人になって思っていることの一つに、この国には「何を言っているか」よりも「誰が言ったか」を重視する人が非常に多いということ。

最初にそのことを思ったのは、前職で企業内翻訳をしているとき、「先輩社員の言うことが正しい」として押しつけられたときのこと。

なぜ、そうするのかを論理的に説明できれば良いのだけど、経験の浅い人が理解できるような議論や説明なしに年次の上の人が言うことは絶対という風土はおかしいなと思った。

英語力とは別の翻訳特有のルールに関しては、もちろん先輩の言いことが正しい。でも、英語の感覚は社員歴に関係なく、これまでその人の積み上げてきた語学力や日本語の読解力が物を言うべきだと思う。なので、当時、自分の主張をとおすためにネイティブの意見を聞いたり、参考書籍を読みあさって常に出典を示すようにしていたっけ。
「議論をする=相手を否定すること」ととらえてしまう人ばかりの職場環境では、能力向上が見込めないと思ったことも助け、今の職場に転職したわけだけど。。
今のところも同じだった。というか、年功序列そのものの組織に入ってしまった。
昨日、現場の作成したパワポ資料を英訳していたときのこと。わたしが仮訳をして、現場にチェックを依頼。すると、普段やりとりしている担当者が不在だったので、その人の上司が英文資料を送付してくれた。わたしの作った文章は跡形もなく、まったく意味不明な文章になって。
うーん、と思いつつ相手が自分の経験を盾にあまりに自信たっぷりにプッシュするので現場責任者の判断でやったことだからと思い、資料の仮提出をしました。
そうしたら、やっぱり提出先から意味が分からないとの問い合わせ。
ネイティブチェックを受けて、結局書き直しをすることになった。
今日はわたしの上司に報告するとき、自分の判断でやったとは言わずに「提出先からの指摘を受けて」と言ったところすんなり通った。本当は、これまで得た知識を反映しているのだけど、わたしの判断であるなんて言ってしまうと反発をくらう気がしたので、あくまで別の人がそう言っていることにした。
うちは古い組織なので、厳然としたタテ社会ができあがっていて、その分野に疎いくせに年長者は若い人がいうことは話半分だと思って聞いている節がある。年長者は、だいたい全てのことにおいて経験が浅い人より秀でていると思っているのだと思う。
特に、英語に関しては、なまじ留学経験や海外での勤務経験があったりするとプライドが高くなり、留学経験がない人よりも自分の方が上だという根拠のない自信にあふれている。

わたしは留学したかどうかよりも、実務経験や継続的な自己鍛錬をしているかどうかの方が重要だと考えるし、実際そこらへんの海外経験者よりはましな英文を書いて、説明できる自信はある。逆に、お!って思うような資料を見かけて、誰が作ったのか調べるとやっぱり英語圏でしっかり高等教育を受けた人の訳だったりする。

わたしにとって大事なのは、

  • 外に出しても恥ずかしくない文を書くこと
  • 日本語の字面を訳すのではなく「意味」を正確に伝えること
なので、組織上のランクの高低よりもそのものの品質を問いたい。
でも、そんなことは彼らにとってはどうでもいいことで、組織がうまく回るかどうかの方が重要なわけだよね。

彼らが大事なのは、プライドなんです。

サラリーマンは、そういうことの繰り返し。そういう不自由さの裏返しに、安定した給料があると考える人もいるだろうけど、わたしは代償だって考える。
世の中にはおかしいなと思いつつ、「仕方ない」として現状を受け入れてしまう人と、嫌だから自分でなんとかできるようにしようという人とに分かれる。
新しいことを始められる人には必ず、現状否定があり、こうしたい!っていうものがあると思うんだ。理想だと言われても、理想を現実にできるだけのパワーと実行力があれば、きっとやりたいことができるようになるはず。
腐らずに毎日少しずつ前進しつづけるべし!
Pocket