資本主義の先へ!「物々交換」でもなく「お金がすべて」でもないライフスタイルを実現する

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「幸せはお金で買えない」「貧乏でも幸せならいいじゃない」と言う人がいますが、私はそんなことはないと思っています。

確かにお金は幸せの十分条件ではないけれど、必要な条件だと思うから。

都市部ではいろいろなものを外部から調達しなければ生活できないので、生活コストは高くなります。現金がなければ、人間的な生活をすることさえままなりません。では地方ならどうか?

地方は物々交換のシステムが発達しているので、都会に比べて現金がなくても生活することができます。農業や漁業に従事している人であればほとんど現金なしに生活することも可能かもしれません。

私の住んでいる天草には食品加工の事業者が少ないのですが、そのことについて先日興味深い話を聞きました。天草は、海も山も近くにあるため日々の食料に困ることがない食材が豊かな地域。一年を通じてその日暮らしができてしまうので、食品を加工して保存するという動機がはたらかなかったといいます。

その話を聞いて、私は南北問題と同じようなことかな、と感じました。

寒い地域は自然との闘いです。作物を作れる期間は限定的で、労働も大変です。どうやって食料を長持ちさせるか、仕事を楽にするか考えざるを得ない環境にあるため、工業化や食料の備蓄に関する技術が進むとはよくいわれています。そうしたことは、そこで暮らす人の考え方や価値観にも大きく影響を与えます。工業地域の人は勤勉で、蓄えることに関心を持つ傾向があるとされています。

一方、暖かい地域では日々の生活に困ることはほぼありません。いつでも食料を入手できるので、わざわざ手間をかけて保存する必要がないのです。異常気象にでも見舞われない限り、外で寝ていても死んでしまうほどの寒さに襲われることもなく、いつでも「なんとかなる」と思っています。物々交換でたいがいのものは手に入れられるため、流通や貨幣経済も必要性が薄いものになるのです。

最近の私の関心は地方の経済について。

「お金がすべて」の資本主義経済をアップデートした先の世界を論じる『なめらかなお金がめぐる社会。あるいは、なぜあなたは小さな経済圏でいきるべきなのか、ということ』という本を読みました。

著者はクラウドファンディング・CAMPFIREやBASEなどを創業した人物。クラウドファンディングについて情報収集をしていたときに、この本の存在を知りました。近い将来、人とのつながりでできる信用がお金と同じように評価される時代がやってくるというのはおもしろい指摘だと感じます。

ただ、最近の若い人は「社会のために何ができるか」ということに関心が向いているので給料を引き上げるだけでは地方の会社は人材を獲得できないという話は、言い方によっては誤解を与える、と思いました。

給料の引き上げは最低限必要な条件だからです。

地方のど田舎で会社員として得られる収入は、下手をすると東京でバイトするより低いです。それでも生活コストが安いのだから問題ないという声もあるかもしれません。しかし、給料が低くて生活できるのは実家住まいなどで、住宅コストがかからない人の場合。そして働き手が複数人いる場合です。

都会より安いとはいえ、田舎でも賃貸の場合はお金がかかります。一人暮らしでは非常に厳しいでしょう。会社勤めなら、食料は普通に買わなくてはいけません。スーパーで売っている生鮮食品以外のものの値段は都会とそれほど変わりません。子どもがいたら、学校に通わせなければなりません。首都圏の大学に通わせようとしたら、かなりの出費を覚悟する必要があります。

子どもを大学に行かせられるだけの収入がないから、地方では大卒が少ないのではないかと思います。そもそも大卒は、都会に出て行ってしまうということもあるでしょう。それはなぜかというと、地方では大卒はオーバースペックだから。そして給料が安いからです。

負のスパイラルを断ち切るためにも、お金は必要なのです。

お金はすべてではない。けれど、あった方が人生の選択肢は確実に広がります。お金があれば教育も受けられるし、誰かを応援することだってできます。

物々交換でも、お金がすべてでもない。本の中で言われている新しい資本主義社会は、都会のライフスタイルと地方のライフスタイルのハイブリッド型を実現することなんじゃないか。それを私は実現したい、そう思いました。

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